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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)13103号 判決

原告 国分建設株式会社

右代表者代表取締役 国分栄

右訴訟代理人弁護士 佐藤利雄

同 高崎英雄

同 西本邦男

被告 木村栄子

〈ほか三名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 石原俊一

同 渋谷泉

主文

被告木村栄子は原告に対し金一億九〇一四万七二三三円及び別表その二Ⅰ記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、年六分の割合による金員を、被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江は原告に対し、それぞれ金六三三八万二四一〇円及び別表その二Ⅱ記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  第一次的請求

(一) 被告木村栄子は原告に対し金五億八〇〇〇万円、被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江は原告に対しそれぞれ金一億九三三三万三三三三円及び右各金員に対する昭和六一年六月二七日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  第二次的請求

(一) 被告木村栄子は原告に対し金二億一一〇二万三七二八円及び別表その一Ⅰ記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、同表記載の各利率の割合による金員を、被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江は原告に対しそれぞれ金七〇三四万一二三七円及び別表その一Ⅱ記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、同表記載の各利率の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(第一次的請求)

1 当事者

原告は土木建築請負、不動産売買等を目的とする株式会社であり、被告木村栄子は訴外木村喜太郎(以下「喜太郎」という。)の妻、被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江はそれぞれ喜太郎の子である。

2 本件契約の締結

原告は昭和五七年五月二〇日、喜太郎から、別紙物件目録一ないし三記載の土地の各賃借権並びに同四及び五の各土地所有権並びに同六の建物の所有権(以下「本件一ないし六の物件」という。)を、合計六億五〇〇〇万円で買い受けた(以下「本件契約という。)。

3 売買代金の一部支払

原告は本件契約の手附金及び中間金として喜太郎及び被告らに対し、次のとおり合計二億一〇〇〇万円を支払った。

(一) 昭和五六年一二月二一日 手附金 金六〇〇〇万円

(二) 昭和五七年五月二〇日 中間金 金一億円

(三) 昭和五八年四月三〇日 中間金 金五〇〇〇万円

4 被告らの相続

喜太郎は昭和五七年八月二九日に死亡し、被告らが法定相続分に従って喜太郎の権利義務を相続した。

5 被告らの債務不履行(履行不能)

被告らの昭和六一年六月二五日、訴外有南開発株式会社(以下「有南開発」という。)に本件各物件を合計一六億円で売り渡し、翌六月二六日、有南開発は本件一ないし三の物件の譲渡については同土地の地主神子光(以下「地主神子」という。)の承諾を得、また本件四ないし六の物件については共有持分全部移転登記を取得した。

6 原告の損害

(一) 本件各物件の右履行不能時の時価は少なくとも合計金一六億円である。

(二) 前記のとおり原告は喜太郎及び被告らに対し、合計金二億一〇〇〇万円を支払済みであるから、本件契約による原告の残代金債務は金四億四〇〇〇万円である。

(三) したがって、原告は、被告らの債務不履行(履行不能)により右金一六億円と金四億四〇〇〇万円の差額金一一億六〇〇〇万円の損害を被ったものであるから、被告らは原告に対し、履行不能を原因とする填補賠償として法定相続分に応じて被告木村栄子が金五億八〇〇〇万円、被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江がそれぞれ金一億九三三三万三三三三円の損害賠償義務を負った。

7 よって、原告は本件契約の債務不履行に基づき、各法定相続分(被告木村栄子が二分の一、同木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江が各六分の一)に応じて被告木村栄子に対し金五億八〇〇〇万円、被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江に対しそれぞれ金一億九三三三万三三三三円及び右各金員に対する履行不能発生日の翌日である昭和六一年六月二七日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

(第二次的請求)

仮に、被告らの抗弁4(損害賠償特約の存在)の主張が認められ、原告の第一次的請求が認められない場合には、原告は次のとおり請求する。

1 第一次的請求の請求原因1ないし5と同旨

2 損害賠償の特約に基づく損害金の請求

本件契約には、被告らの債務不履行により契約解除になった場合又は被告らの債務が履行不能となった場合には、被告らは原告に対し、本件契約の売買代金の二割相当額(金一億三〇〇〇万円)を支払う旨の特約(以下「損害賠償の特約」という。)がある。

3 履行不能による原状回復の請求

(一) 支払済み代金等の返還

原告は喜太郎及び被告らに対し、前記請求原因1のとおり本件契約の手附金及び中間金として合計金二億一〇〇〇万円を支払った。

(二) 支払済み利息金の返還

(一) 本件契約には、契約期間である昭和五八年一月三一日までに本件一ないし三の物件の地主神子が土地賃借権の譲渡承諾ないし底地所有権譲渡をしない場合には、原告は被告らに対し、本件各物件の引渡が可能になるまで残代金債務に対する年六分の割合による利息金を支払うとの特約があった。

(2) 右特約に基づき、別表その一Ⅲ記載のとおり各利息金(計金四〇二九万四四六六円)を支払った。

4 被告らの不当利得

(一) 原告の立退料等の支出

原告は、本件契約締結の前後から本件六の物件(木村ハウス)の賃借人を立ち退かせるため、訴外糟谷敬造に依頼して立退交渉に当たらせ、昭和五六年七月一〇日から昭和六〇年三月三〇日の間に計金八七五万三〇〇〇円の報酬を支払い、また昭和五七年五月三一日から昭和五九年三月一七日の間に、木村ハウス入居者に計金三三〇〇万円の立退料を支払って、計金四一七五万三〇〇〇円を支出した。

(二) 被告らの利得

原告の右(一)記載の費用支出により、木村ハウスの入居者六名が立ち退いたため、被告らは前記第一次的請求の請求原因5記載の有南開発に対する本件各物件の売買において、右費用金額と同額以上高額に売却することができ、右費用金額と同額以上の利得をした。

(三) 被告らの悪意

被告らは、右利得をした際、右利得をすべき法律上の原因がないことを知っていた。

5 結論

(一) したがって、原告は被告らに対し次のとおり各金員の支払請求権を有する。

(1) 本件契約の債務不履行(履行不能)に基づき支払済み売買代金二億一〇〇〇万円及び内金一億六〇〇〇万円に対する売買代金充当日ないし支払日である昭和五七年五月二〇日から、内金五〇〇〇万円については支払日である昭和五八年四月三〇日から各支払済みまで、商事法定利率年六分の割合による利息金

(2) 本件契約の債務不履行(履行不能)に基づき支払済み利息金四〇二九万四四六六円及び別表その一Ⅲ記載の各内金に対する同表記載の各起算日(各金員支払日)から各支払済みまで、商事法定利率年六分の割合による利息金

(3) 悪意の不当利得に基づき金四一七五万三〇〇〇円及びこれに対する不当利得の翌日である昭和六一年六月二七日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(4) 本件損害賠償の特約に基づき違約金(損害賠償の予定)金一億三〇〇〇万円及び右金員に対する履行不能発生時の翌日である昭和六一年六月二七日から支払済みまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金

(二) よって、原告は被告らに対し、右各金員につき各法定相続分(被告木村栄子が二分の一、同木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江が各六分の一)に応じて、被告木村栄子に対し、(1)支払済み売買代金一億五〇〇万円及び別表その一Ⅰ(一)記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、年六分の割合による遅延損害金、(2)支払済み利息金二〇一四万七二三三円及び別表その一Ⅰ(二)記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで年六分の割合による利息金、(3)悪意の不当利得に基づき金二〇八七万六五〇〇円及びこれに対する別表その一Ⅰ(三)記載の昭和六一年六月二七日から年五分の割合による遅延損害金並びに(4)本件特約に基づく違約金六五〇〇万円及び右金員に対する別表その一Ⅰ(四)記載の昭和六一年六月二七日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金、被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江に対し、それぞれ、(1)支払済み売買代金三五〇〇万円及び別表その一Ⅱ(一)記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、年六分の割合による遅延損害金、(2)支払済み利息金六七一万五七三九円及び別表その一Ⅱ(二)記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで年六分の割合による利息金、(3)悪意の不当利得に基づき金六九五万八八三三円及びこれに対する別表その一Ⅱ(三)記載の昭和六一年六月二七日から年五分の割合による遅延損害金並びに(4)本件特約に基づく違約金二一六六万六六六六円及び右金員に対する別表その一Ⅱ(四)記載の昭和六一年六月二七日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(第一次的請求について)

1 請求原因1ないし5の各事実は認める。

2 同6の事実は争う。

(第二次的請求について)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3(一)の事実は認める。

4 同3(二)(1)の事実は認め、同3(二)(2)の事実は原告が被告らに、計金三五八八万二五〇七円(別表その一Ⅲ記載の昭和五八年四月三〇日から昭和五九年六月二一日まで)を支払ったとの範囲で認め、その余は否認する。

5 同4の事実は否認する。

被告らは原告の後記底地確保義務違反により、やむなく本件契約を解除の上、本件一ないし六の物件を有南開発に売却したものであり、原告主張の出捐金と被告らの転売利益との間に相当因果関係はない。

三  抗弁

1  解除その一(底地確保義務不履行による解除)

(一) 本件契約において原告は、本件契約の最終代金支払期日である昭和五八年一月三一日からおおむね六か月以内に、本件一ないし三の物件の底地(以下「本件底地」という。)の地主神子(底地所有者一般でなく地主神子に対してのみである。)と交渉して、原告が本件底地を譲り受けるかまたは土地賃借権(本件一ないし三の物件)の譲渡に対するその承諾を得ることにより本件底地を確保する義務(以下「底地確保義務」という。)を負っていた。

(二) 原告は地主神子との交渉において不当に安い買取価格を提示したため、右神子は昭和五九年四月二一日、本件底地を訴外東京興産株式会社(以下「東京興産」という。)に譲渡してしまった。本件契約は地主神子が本件底地の所有権を有していることが前提をなしているものであり、かつ東京興産は原告の底地確保義務に協力する意思がなかったから、原告底地確保義務は履行不能になった。

(三) 右のとおり底地確保義務が履行不能になり、また原告は一方的に利息金の支払も停止したため、被告らは昭和五九年八月一五日、原告に対し原告の底地確保義務の履行不能を理由として本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(四) 仮に地主神子の東京興産に対する本件底地譲渡のみでは原告の底地確保義務が履行不能にならないとしても、原告は昭和五九年四月二二日以降被告らが本件各物件を有南開発に売却した昭和六一年六月二五日までの約二年二か月の間も、本件底地の新地主となった東京興産と十分な交渉をせず底地確保義務を尽くさなかったから、信義則上、被告らの解除は有効である。

2  解除その二(民法五六二条二項又は五六一条但し書による解除)

買主である原告は本件契約当時、底地所有権が売主喜太郎の所有に属さないことを知っており、かつ原告は抗弁1記載のとおり地主神子との交渉において不当に安い買取価格を提示して本件契約を自ら履行不能にしたものであるから、民法五六二条二項、五六一条但し書の類推適用により、原告の損害賠償請求はいずれも失当である。

3  相殺

(一) 本件契約には、原告の債務不履行により契約解除になった場合には、原告は被告らに対し、本件契約の売買代金の二割相当額(金一億三〇〇〇万円)を支払う旨の損害賠償特約があった。

(二) 原告は前記抗弁1記載のとおり債務不履行をなし、被告らは本件契約を解除したので、被告らは原告に対し、金一億三〇〇〇万円の損害賠償請求権を取得した。

(三) 被告らは原告に対する右金一億三〇〇〇万円の損害賠償請求権を、原告の被告らに対する本訴請求債権と対当額において相殺する旨の意思表示をする。

4  損害賠償の特約の存在(第一次的請求に対する抗弁)

仮に本件契約が被告らの責に帰すべき事由によって履行不能となり、原告がその主張する損害を被ったものであるとしても、本件契約には、被告らの債務不履行により契約が解除になった場合には、被告らは原告に対し、本件契約の売買代金の二割相当額(金一億三〇〇〇万円)を支払えば足りる旨の損害賠償の特約があった。右特約は損害賠償の予定であり、その趣旨は、本件契約に関する損害賠償額算定に関する一切の争いを避けることにあるから、解除の有無にかかわらず適用されるものであり、したがって原告は填補賠償を求めることはできない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(解除その一)について

(一) 抗弁1(一)の事実は否認する。底地確保義務はあくまでも売主である喜太郎が負っていたものであり、ただ、素人である喜太郎においては交渉ができないということから、同人の委任を受けて原告が地主神子との交渉に当たったにすぎない。また、本件契約書に地主神子と記載されているのは本件契約当時の地主が神子であったということにすぎず、底地所有者と同義であり、底地が譲渡された場合は新地主が交渉相手になるものである。

(二) 同(二)のうち、地主神子が本件底地を東京興産に譲渡した事実は認めるが、その余は否認する。東京興産に底地確保義務に協力する意思がなかったとしても、借地法上、賃借権譲渡に対する地主の承諾に代わる裁判所の許可を得ることが可能であったから、履行不能になってはいなかった。そして被告らは右借地法上の手続に必要な委任を原告になす等、自己のできる範囲で原告に協力すべき義務を負っていたというべきである。

(三) 同(三)のうち、被告らが解除の意思表示をした事実は認めるが、その余は否認する。原告が利息金の支払を停止したのは、被告らから本件契約解除の申出があり、また被告らが原告の出した本件紛争解決提案を拒んだためである。

(四) 同(四)の事実は否認する。原告は東京興産に対し公正な時価評価を基礎に土地の買取交渉を行うこととし、昭和五九年六月二一日ころ被告らに対し賃借権譲渡許可の申立を依頼したところ、被告らはこれを拒絶したものである。

2  抗弁2(解除その二)の事実は否認する。

3  抗弁3(相殺)について

(一) 抗弁3(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

4  抗弁4(損害賠償の特約の存在)について

(一) 抗弁4のうち、同記載のとおり損害賠償の特約のあった事実は認めるが、右特約が解除の有無にかかわらず適用されるものであるとする点は争う。買主である原告が、本件契約を解除をせずに被告らに対し、填補賠償を請求する場合には、本件契約の適用はないというべきである。

(二) 仮に右(一)に理由がないとしても、本件のように目的物の価格が当事者の予想しないような急騰をした場合に、売主が故意に二重譲渡をしたときには、損害賠償額の予定の条項は、解除の有無にかかわらず適用がないというべきである。

第三証拠《省略》

理由

第一第一次的請求について

一  原告の第一次的請求は、被告の抗弁4(損害賠償の特約)の主張が認められないことを前提とするので、まず抗弁4について判断する。

本件契約に抗弁4記載のとおり損害賠償の特約が付されていることは当事者間に争いがない。しかし、原告は、本件契約が履行不能となり、契約を解除せずに填補賠償を請求する場合には右特約は適用されないと主張するので検討する。甲第一号証(本件売買契約書)の第九条には、「甲(被告ら先代木村喜太郎)又はZ(原告)が、本契約に違反したときは、互いに相手方に対し、本売買代金総額の二割相当額を賠償金として支払わなければならない。」と記載されており、その文脈や文言に照らせば、右特約は当事者の一方に債務不履行があった場合の他方から損害賠償請求について、その賠償額算定の争いを避ける趣旨の約定すなわち民法四二〇条一項に定める損害賠償額の予定と認めるべきものである。

ところで、売買契約において売主に債務不履行があった場合には、買主の給付請求権は解除しなくても填補賠償請求権に変じ、その額から自己の残債務を差し引いた額の損害賠償を求めることができるのに対し、解除した場合には、買主は填補賠償額から解除により支払を免れた売買代金を損益相殺し、これに原状回復すべき額を加えた額を請求することができることになるが、解除をする買主の負担する債務が金銭である本件のような場合には、解除をしないで填補賠償を請求する場合と解除をして請求する場合との間において、買主が請求できる額に差異はないから、本件損害賠償の特約の趣旨には契約を解除することなく本来の給付に代わる填補賠償を請求する場合も含まれるものと解するのが相当である。

二  さらに、原告は、本件のように、目的物の価格が当事者の予想できないほど急騰したため、売主が故意に目的物を二重譲渡し契約を履行不能にした場合には、信義則上損害賠償の特約条項は、解除の有無にかかわらず適用がない旨主張する。

しかしながら、損害賠償額の予定それ自体が予想外の損害の拡大等があった場合にも損害額の算定を廻る争いを避け、一定額の損害を賠償することにより一切の契約上の関係を清算するという趣旨のもとに約定されるものであるから、まさに原告主張のような場合にこそ損害賠償の特約が意味をもつものというべきであり、そのような場合に右特約の適用を排除すべきであるという原告の主張は採用できない。

三  よって、本件契約においては抗弁4記載の損害賠償の特約が適用されるから、原告の第一次的請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。

第二第二次的請求について

一  請求原因について

1  請求原因1の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  請求原因2(損害賠償の特約)の事実も当事者間に争いがない。

3  請求原因3(支払済みの代金等の返還)について

(一) 請求原因3(一)及び同3(二)(1)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二) 同3(二)(2)のうち、計三五八八万二五〇七円(別表その一Ⅲの昭和五八年四月三〇日から昭和五九年六月二一日まで)を支払った事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告が被告らに対し昭和五九年八月二三日に金四四一万一九五九円を現実に提供したところ、受領を拒否されたので、原告は昭和五九年九月六日に右金員を供託した事実を認めることができる。

(三) ところで、前記のとおり、売主の責に帰すべき事由により売買契約が履行不能となったため、買主たる原告において契約を解除しないで填補賠償を請求する場合にも損害賠償の特約が適用され、その損害額の範囲が限定されると解するときは、買主たる原告は右填補賠償のほかに原状回復の請求として支払済みの代金についても、その返還を求めることができるものというべく、その場合、原告は解除による原状回復請求に準じて支払済みの右売買代金及びその支払日以降の利息を請求できるものと解すべきである。また、原告が被告らに支払った前記約定利息金についても、原状回復の請求として被告らに対しその返還を求めることができる金員と認められるから(売買残代金の支払を猶予してもらう代わりに支払われるものであるから、実質的に売買代金と同性質のものと認められる。)、原告は被告らに対し、約定利息金及びこれに対する各支払日以降の利息を請求できるものと解すべきである。

4  請求原因4(不当利得の返還)について

(一) 《証拠省略》によれば、原告が請求原因4(一)のとおり立退料等の支出をしたことを認めることができる。

(二) 原告の右支出は、甲第一号証の本件契約書第八条によれば、原告が木村ハウスの貸借人を立ち退かせる交渉その他の一切の責任を負担したことに基づき、原告らの裁量と責任において支出すべきものとされ、また、右支出金については原告が負担すべきことが規定されていたものであるが、本件のように原告が右立退料等を支出した後に契約が売主の責めに帰すべき事由により履行不能となった場合には、本来であれば原告としては右支出金相当額を損害賠償として被告らに対し請求することができるものである。しかしながら、本件契約には前記のように損害賠償の特約が存在するから、特段の事情がないかぎりは、右支出金についても右特約に基づく違約金の支払によって清算するというのが、本件契約における原告及び被告の合理的意思であったと解すべく、原告の不当利得の返還請求は認めることができない。

したがって、原告が立退料等として支出した金員の清算は本件損害賠償の特約に基づく違約金の支払によって賄われるものというべく、これとは別に原告が不当利得として右支出金の請求をすることは許されないというべきである。

二  抗弁1(底地確保義務不履行による解除)について

1  被告は、原告が地主神子との間で本件物件の底地買い取り又は賃借権譲渡に対する承諾の交渉をし、底地を確保すべき義務を負っているのに、地主神子との交渉において不当に安い買い取り価格を提示したため、地主神子が本件底地を訴外東京興産に譲渡してしまい、右東京興産は原告の底地権確保に協力する意思がなかったから、原告の底地権確保義務は原告の責に帰すべき事由により履行不能となったと主張するので判断する。

(一) 《証拠省略》によれば、本件契約においては、原告が地主及び借家人との交渉その他一切の責に任じ、名義書換料、明渡費用その他名目の如何にかかわらず被告に何らの請求をしないこと、本件一ないし六の物件の引渡及び登記を昭和五八年一月三一日限り、最終残代金四億九〇〇〇万円の支払と引換えに行うこととし、右期日までに本件の底地買い取り又は賃借権譲渡に対する地主神子との承諾取付交渉が成立しないときは、原告は喜太郎に対し、右交渉成立に至るまで残代金に対する年六分の割合による利息金を支払う旨の条項が存することが認められる。したがって、右契約条項に照らせば、原告は未払残代金につき年六分の割合による利息を支払う限りは、地主神子との間で底地買い取り等の交渉を継続することができるものと解される。

(二) ところで、《証拠省略》によると、原告と地主神子との交渉の開始は遅れてはいたが、最終残代金支払期日経過後である昭和五八年三月ころから喜太郎からの相談を受けた右水上裕喜税理士が地主神子の代理人原田弁護士と底地権買い取り等の交渉を開始し、同年一二月には原告の総務部長和巻正二が右原田弁護士を介して右神子に本件底地の買い取りを申し入れ、具体的な金額(坪一四〇〇万円ないし一五〇〇万円)をも提示し、さらにその後坪一七〇〇万円による買い取り案の提示もしたが、神子の希望した金額との間になお隔たりがあったために条件が折り合わず、結局昭和五九年二月二七日に原田弁護士から、原告の買い取り申し入れを拒絶する回答があったことを認めることができ、右によれば原告が地主神子との交渉を怠っていたという事実は認められないし、原告が不当に安い買取価格を提示したために神子との底地買い取り交渉が成立をみなかったとも認められない。

なお、《証拠省略》中には、原告が金額を出し惜しみしたため契約の成立に至らなかった旨の証言部分があるが、前記のように底地権の買い取り等の交渉は原告の裁量に任されていたものと認められるから、金額の提示が低額であったというだけでは、原告の債務不履行が問題となるものではない。

(三) また、被告らは、地主神子が本件底地を東京興産に譲渡したことにより、本件底地の確保が不可能となり、履行不能となったとも主張するが、《証拠省略》によれば、原告は東京興産に対しても底地買収交渉を申し入れるとともに、昭和五九年六月二一日被告らに対し、借地法上の地主の承諾に代わる裁判所の賃借権譲渡許可申請に協力してくれるよう依頼した事実を認めることができ、右申請がなされれば裁判所の許可により、底地を確保できる可能性があるのであるから、東京興産が原告の底地確保に協力する意思がなかったとしても、それだけで底地権確保が不可能となるものではなく、被告らの右主張は失当である。

もっとも、本件契約には前記のとおり、「原告が地主及び借家人との交渉その他一切の責に任じ、名義書換料、明渡費用その他名目の如何にかかわらず被告に何らの請求をしない。」との条項が存するので、被告らには裁判所への賃借権譲渡許可申請に協力すべき義務もないと解する余地がないわけではないが、一般に不動産売買においては、売主が買主に対し、目的物をその用法に従って利用できるように、完全な形で引き渡す義務を負っているのであり、契約の当事者が契約目的達成のために互いに協力すべきは当然であり、前記条項も売主の買主に対する一切の協力義務を免除するものとは解しえない。とくに、前記の裁判所に対する賃借権譲渡の許可申請は借地法上借地人のみがなしえるのであり、かつ、それが被告らに格別の負担を強いるものとは認められないから、被告らには原告に対する契約上の協力義務の一環として右許可申請をなすべき義務があるというべきである。

(四) 次に、被告らは本件契約は地主神子が本件底地を所有していることが前提であり、神子がこれを第三者に譲渡した場合には、本件契約は履行不能となるかのようにも主張するので、この点についても判断する。

甲第一号証の本件契約書の附則1には、前記のとおり、「神子氏の底地の売渡書又は借地権譲渡についての承諾書が得られない場合は第五条の引渡日を、甲・乙協議して定める。」旨の規定があるが、前記和巻証言によれば、喜太郎から相談を受けた水上税理士が本件契約締結以前に地主神子に対し、本件底地譲渡等の話をしており、このままその交渉を続ければ特段の事情のない限り、神子から本件底地を取得できると考えたから、本件契約書にも当時の地主であった神子を表示して右のような文言を用いたものと認められ、それ以上に底地の所有者が神子であることを本件契約の前提条件とする意味までは認めることはできない。なお、前記水上証言中には、「神子以外の地主に代わってしまえば、木村サイドとしてもとても話し合いもできないと考えていたので、特に神子氏と記載したのである。」旨の右認定に反するような部分があるが、一方同証言中には、「地主が代わった場合には原告の底地確保についての義務もなくなる約束であった。」というような趣旨に取れる証言部分もあり、結局右水上証言は前記認定を妨げるものとは認められない。

(五) さらに、被告らは本件契約書の附則1但書に基づく最終残代金の支払延期は六か月を限度とする合意があったから、右期間を経過すれば本件契約は履行不能となるかのように主張し、右主張に副う前記水上証言及び証人石原俊一の証言が存する。

しかし、そのような重要な事項であれば契約書に記載されるのが自然であるし、《証拠省略》によれば、被告らは原告から右最終残代金支払時期である昭和五八年一月三一日から六か月を経過した後も、引き続き昭和五九年六月二一日に至るまで右附則1但書の約定利息金の支払を受領していたことが認められ、これらの点に照らせば、右水上証言及び石原証言は採用できず、他に被告らの主張を認めるに足る証拠はない。

2  被告らは、原告が長期間にわたり新地主の東京興産と底地買い取り交渉をしなかったから、本件解除は信義則に基づく有効な解除であると主張するが、前記認定のとおり、原告は東京興産に対しても底地買い取り交渉をしているのに、被告らにおいて裁判所に対し借地権譲渡の許可申請をしてほしいという原告要請を拒否している状況に照らせば、被告らの右解除が信義則に適うものとは認められず、被告らの右主張も採用できない。

3  以上の事実によれば、被告らは、本件契約が未だ履行不能になっていないにもかかわらず、これが履行不能であるとして解除したものであるから、右解除の意思表示は無効であり、被告らの抗弁1の主張は理由がない。

三  抗弁2について

被告らの抗弁は、本件一ないし六の物件が他人の所有ないし他人の賃借する物件であることが前提でなければ成り立たない主張であるが、本件一ないし六の物件はいずれも被告らが所有する物件(別紙物件目録四ないし六)、又は被告らが賃借する物件(別紙物件目録一ないし三)であることは明らかであり(この点は当事者間に争いがない。)、被告らの抗弁はその前提を欠き失当である。

四  抗弁3(相殺)について

前記二で認定したとおり、原告の債務不履行の事実は、これを認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく抗弁3は理由がなく失当である。

五  以上の事実によれば、原告が被告らに対し請求することのできる損害賠償等の額は次のとおりである。

1  支払済み売買代金二億一〇〇〇万円及び別表その二Ⅲ(一)記載の各内金に対する同表記載の各起算日(各支払日の翌日)から、各支払済みまで、商事法定利率年六分の割合による利息金

2  支払済み利息金四〇二九万四四六六円及び別表その二Ⅲ(二)記載の各内金に対する同表記載の各起算日(各支払日の翌日)から各支払済みまで、商事法定利率年六分の割合による利息金

3  損害賠償の特約に基づく違約金(損害賠償の予定)金一億三〇〇〇万円及びこれに対する履行不能発生の日の翌日である昭和六一年六月二八日から支払済みまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金

右各金員につき、被告らは原告に対し、その法定相続分(被告木村栄子が二分の一、同木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江が各六分の一)に応じて支払う義務があるから、被告らが原告に対して支払うべき債務は次のとおりである。

1  被告木村栄子の債務

(一) 支払済み売買代金一億〇五〇〇万円及び別表その二Ⅰ(一)記載の各内金に対する同表記載の各起算日から支払済みまで、年六分の割合による利息金

(二) 支払済み利息金二〇一四万七二三三円(一円未満切捨)及び別表その二Ⅰ(二)記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、年六分の割合による利息金

(三) 本件特約に基づく違約金六五〇〇万円及びこれに対する別表その二Ⅰ(三)記載の昭和六一年六月二八日から支払済みまで、年六分の割合による遅延損害金

2  被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江の各債務

(一) 支払済み売買代金三五〇〇万円及び別表その二Ⅱ(一)記載の各内金に対する同表記載の各起算日から支払済みまで、年六分の割合による利息金

(二) 支払済み利息金六七一万五七四四円(一円未満切捨)及び別表その二Ⅱ(二)記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、年六分の割合による利息金

(三) 本件特約に基づく違約金二六六六万六六六六円(一円未満切捨)及びこれに対する別表その二Ⅱ(三)記載の昭和六一年六月二八日から支払済みまで、年六分の割合による遅延損害金

第三結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求のうち、(一)被告木村栄子に対し、金一億九〇一四万七二三三円及び別表その二Ⅰ記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、年六分の割合による金員、(二)被告木村仁美、同木村五百子及び同緑川雪江に対し、それぞれ金六三三八万二四一〇円及び別表その二Ⅱ記載の各内金に対する同表記載の各起算日から各支払済みまで、年六分の割合による金員の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊剛男 裁判官 小林崇 松田俊哉)

〈以下省略〉

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